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池田忠正顔画像「元暴走族で親の七光り」佐久市ひき逃げ事故

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2015年、長野県佐久市で発生した池田忠正被告による自動車事故。この事故で、当時中学3年生だった和田樹生さんが亡くなっています。

ひき逃げだと言われる死亡事故を起こした、池田忠正被告。どの様な人物なのか見ていきましょう。

池田忠正顔画像「1年間で激変」

2015年に長野県佐久市でひき逃げ事件を起こした池田忠正被告。顔画像が報道で発表されていました。

現時点で、池田忠正被告の年齢は50歳だと報道されていますので、今から約1年前の顔画像となります。

この当時は髪も長くはなく、メガネもかけていないどこにでもいるような中年の男性だった池田忠正被告。しかし、池田忠正被告の顔つきは、裁判時、別人の様に変化していました。

去年に行われた裁判での池田忠正被告の顔画像です。裁判中の為、顔画像は写真ではなく、絵になっていますが、前髪が伸び、メガネをかけている様子がはっきりと分かり、報道時の顔つきとは明らかに印象が変わっています。

2015年に起こした事故。そして、ここ数年の裁判で池田忠正被告の様子は激変していました。

池田忠正の生い立ち「上級国民の可能性も」

ひき逃げによる裁判で逆転無罪判決となった池田忠正被告。この流れから、「池田忠正被告は上級国民なのでは?」と疑問を持つ人が多くいます。

なんか不自然だな上級案件か?

子供跳ね飛ばして殺しておいて無罪はちょっとありえなくね??
また上級かよ

上級国民と疑われている池田忠正被告。事故を起こした時の状況を詳しく記載しているブログが存在しており、事故当時、池田忠正被告が乗っていた車が高級車である事が書きこまれていました。

逮捕された池田忠正(42)は、長野県御代田町の「来○建設」という土建屋の息子。

今回の事故は、父親の高級車「レクサス」(高い車種だと1000万也!!)に乗れたことが嬉しくて
車内装備に夢中になって、前方不注視でセンターラインを70cmもまたいで車を走行させ、
横断歩道を交通規範を遵守し渡っていた和田君を撥ね殺しました。

引用元:http://misa.foroneslife-spirits.com/wada-3.html

このブログには、池田忠正被告は来○建設という土建屋の息子であり、事故当時、父親の高級車であるレクサスに乗っていた事が書きこまれていました。

池田忠正被告が事件当時、レクサスに乗っていたという事実は、別のブログにも書き込まれていましたので、ほぼ間違いないでしょう。

池田忠正被告の車

そして、ブログにある通り、レクサスはかなりの高級車で、高いモデルだと中古価格でも1000万円を超えてくる車体がある事も事実。

高級車を乗り回していた池田忠正被告。この事から、池田忠正被告はかなりお金持ちの家庭に生まれた可能性は高く、上級国民と言われても納得できます。

また、池田忠正被告の生い立ちとして、元暴走族という書き込みも見つかっています。

投稿者:マーブル
逮捕された池田忠正は、暴走族上りの土建屋のばか息子。暴走族時代はパシリ。
当時から道交法無視でスピードを出し、仲間からいつか事故ると言われ注意されていたが直らず、
ノーブレーキで中学生をはねた。和田くんは、30mも飛ばされ、亡くなった。
驚くのは事故後の行動。つるんでいた車の男女と池田の3人で現場をうろつき、
倒れている和田くんを見つけた後、救急車を呼ぶ前に仲間に電話し、中学生が飛び出した、酒は飲んでない、スピードも出してないと全て嘘を並べ、
保険で対応できると言っていた。反省なし。この鬼畜が過失致死でいいのか。
危険運転ではないか。社会に出してはいけない。

ネット上の書き込みの為、真偽は不明ですが、池田忠正被告が元暴走族であり、当時はパシリとして扱われていたそうです。

その他、池田忠正被告に関して

  • 事故を起こす前から、スピードを出す運転をしていた
  • 仲間からは「いつか事件を起こす」と注意されていた
  • 事故直後、つるんでいた仲間3人と現場をうろついていた
  • 救急車を呼ぶ前に、仲間に電話していた
  • 酒は飲んでいない、中学生が飛び出した、スピードも出していないと嘘を言っていた
  • 保険で対応できると反省していない

などとも書かれています。

先ほども話したように、ネット上の書き込みの為、真偽は不明です。しかし、これらの書き込みが真実なら、池田忠正被告はお金持ちの家庭に生まれ、交通ルールを無視し、自分を守るために平気で嘘を話す性格という事になるでしょう。

ネット上の書き込みから、自分勝手な性格が予想される池田忠正被告。その為なのか、この書き込みには池田忠正被告への強い怒りを感じます。

池田忠正の会社「親の職場で働いていた」

こちらも真偽は不明ですが、ネット上の書き込みには、池田忠正被告が働いていた会社名についても書きこまれていました。

No.24
投稿者:マーブル
池田忠正の会社名判明。
御代田町の【来光建設】
今までも、バカ息子の不祥事を金でもみ消していた。そのツケが今回の事故。夜の10時に暗い市道を猛スピードで車を走らせた。
なにか出てくれば、避けられないことはわかるはず。42になっても親にケツ拭いてもらっているクズにはわからないのか。
未必の故意がある。殺人に等しい。
(15/03/26 11:29)

池田忠正被告の会社と言われる来光建設。会社の記録がこちらです。

住所は長野県御代田町大字御代田となっており、事故が起こった長野県佐久市とは車で16分程度の距離とかなり近い位置にありました。

また、社長の名前は池田千秋と記載されており、池田忠正被告と苗字が一致しています。池田忠正被告が「土建屋の息子」と言われている事から、父親と見て間違いないでしょう。

この事から、池田忠正被告は父親が経営していた会社で働いていた可能性が非常に高いです。

そして、「池田忠正被告が起こした不祥事を金でもみ消していた」という書き込みがある事から、当時、池田忠正被告が働いていた会社はかなり潤っていた事も伺えます。

現在、池田忠正被告の会社と言われている来光建設ですが、令和2年度に産業廃棄物に関して、行政処分を受けた事が記録されています。

この時の記録には、代表者の名前として池田かよ子という人物の名前が記載されていました。苗字から考えると、池田忠正被告の母親、もしくは妻という可能性が高いでしょう。

ちなみに、池田忠正被告は結婚しており、妻と子供がいる事も、ネット上には書き込まれていました。

喜んでるのは、殺人者なのに私たちと同じ生活ができる池田忠正元被告(とでもいえばいいのでしょうか?)
とその妻子、会社を営んでいるお父様でしょうかね。

引用元:http://misa.foroneslife-spirits.com/wada-3.html

グーグルマップで来光建設の住所を調べてみると、2014年7月の段階では会社は残っている事が確認できています。

ただし、グーグルマップで「来光建設」と検索しても会社が表示されない事、そして、ストリートビューの画像が2014年7月の物である事を併せて考えると、現在は会社が潰れている可能性も否定は出来ません。

池田忠正の裁判官「長野地裁佐久支部の三輪睦」

2015年に行われていた池田忠正の裁判。この時の裁判官、そして、担当検事について触れているブログがあります。

加害者は、104mにも及ぶ前方不注視、16㎞以上の速度超過、飲酒運転、飲酒免脱行為、救護義務違反を犯しました。なのに、長野地裁佐久支部の三輪 睦裁判官が出した判決は
「禁固3年 執行猶予5年」ありえないでしょ!?裁判官、あんたの子供も殺されてみる?と思います。
樹生くんに何1つの落ち度はない。
そして、これだけの重罪でありながら、なぜ執行猶予判決だったかというと
大元の原因は佐久支部の担当検事 小林聖一としか思えない。
小林聖一検事は、起訴状に「前方不注視」しか記載せず起訴。
遺族は当然、何度も抗議したが、受け入れられず。
小林聖一検事は「これで実刑取れるんですと!」と言い放ったという。
で、結果は
「起訴状に書かれていない飲酒運転、速度超過や事後の被告人の行動(飲酒免脱行為)について裁判所としては過重し裁くことはできない」と実刑にならず。
すると、小林聖一検事は「実刑になる」と豪語しておきながら、執行猶予判決が出た途端
遺族との面談拒否、説明拒否を10日間も貫く、ありえない行動に出ました。
ふざけるなよと、法務省(全く話にならない省庁。税金泥棒公務員対応に余計イライラ)と
最高検(ここでは話が通じましたので)に話をし、上からの働きかけで
やっと長野地検次席検事・林享男検事が対応するも
「起訴状に問題はない」と、遺族を馬鹿にした言動に終始し遺族の質問には答えず
控訴については「検討中」のみ。

絶対に嘘をついてると思い、地検は当然のこと最高検等々に上申書を提出し
長野地検佐久支部の起訴状内容の問題点を含め、対応のすべてについて問題だ!と
検察は即刻対応を改め、即刻控訴をするよう伝えつつ
ご遺族は、署名活動を必死に頑張っていました。

そんな中・・・

24日の控訴期限日に「控訴の可否」を説明すると言われていた遺族のもとに
祝日である23日、佐久支部検事・栗原検事から
「控訴はないから。まだ内緒なんだけど」と、嫌がらせともとれる電話が遺族のもとに来ました。

引用元:http://misa.foroneslife-spirits.com/wada-3.html

2015年に行われた裁判を担当した裁判官は三輪睦氏。彼が「禁固3年 執行猶予5年」という判決を出しています。そして、飲酒運転、速度超過、飲酒運転の隠蔽などを企てた池田忠正被告に対し、この実刑は軽すぎるとブログ主は語っていました。

事実、2006年に、福岡市で起こった飲酒ひき逃げ事件では、今林大被告が懲役20年の判決を受けています。この実刑と比較すると、禁固3年 執行猶予5年はかなり軽い判決だった事は間違いないでしょう。

そして、実刑が軽くなった原因が、担当した小林聖一検事にある事も、ブログ主は語っています。

ブログには

  • 小林聖一検事は起訴状に前方不注視を書かなかった
  • 遺族はこの対応に何度も抗議
  • しかし、小林聖一検事は「実刑が取れる」と語り、認めなかった
  • ところが、起訴状に無い飲酒運転や速度超過、飲酒運転の隠蔽については裁けず、実刑にならなかった
  • 判決が出ると、小林聖一検事は遺族と面会を拒否
  • 10日間も説明拒否を行った
  • 法務省と最高裁に働きかけ、長野地検次席検事・林享男検事が対応するが、起訴状に問題はないと決定される
  • 控訴は検討中と遺族に説明していた
  • 遺族は判決を不服とし、控訴する為に署名活動を行う
  • 遺族が署名活動を行うも、佐久支部検事・栗原検事から「控訴はないから。まだ内緒なんだけど」という電話が遺族に入った

と書かれており、裁判を担当した検事に対しても、池田忠正被告と同等かそれ以上の怒りが綴られていました。

池田忠正のひき逃げ事件「時系列で解説」

池田忠正被告は約8年前に起こっており、この事件をめぐる裁判は現在も行われています。長い期間行われている今回の騒動について、時系列を見てみましょう。

池田忠正のひき逃げ
  • 2015年3月23日
    長野県佐久市で池田忠正被告が和田樹生さんをはねる
  • 2015年9月
    過失運転致死で禁固3年、執行猶予5年の判決(ただし、ひき逃げに関しては裁かれていない)
  • 2015年9月裁判後
    遺族は判決を不服と思い、署名活動を行う。約4万1千人の署名が集まった
  • 2019年3月
    スピード違反に関し遺族が訴えたが、公訴棄却(裁判自体が行われない)となった
  • 2022年11月
    ひき逃げに関し、遺族が訴える。第一審で池田忠正被告に対し、懲役6ヶ月が言い渡される
  • 2022年12月
    池田忠正被告が判決を不服と思い控訴
  • 2023年9月28日
    東京高裁で池田忠正被告の逆転無罪となる

池田忠正被告が起こした事件に関しては、何度も裁判が行われており、その都度、罪状が変わっています。その為、今回の事件の経緯がかなりややこしくなっていました。

まず、2015年9月。この時の裁判で池田忠正被告は過失運転致死により、禁固3年、執行猶予5年の判決を受けています。

しかし、事件当時、池田忠正被告は飲酒をしており、さらに、事故直後、飲酒運転を隠蔽するような行動をとっています。

この行動に対し、遺族は禁固3年、執行猶予5年という判決は軽すぎるとし、署名活動を行い、控訴する事を希望していました。

ちなみに、実刑が軽くなった理由として、担当検事が起訴状に前方不注意などの内容を書かなかった事だと、ネット上には書き込まれていました。

事件から約4年が経った2019年。遺族は池田忠正被告を

  • 速度超過罪(スピード違反)
  • 救護義務違反(ひき逃げ)

の2つの罪状で、再び訴えました。

そして、2019年3月、スピード違反に対する訴えは、裁判さえ行われる事なく棄却(却下)されています。

対してひき逃げに関する裁判ですが、こちらは2022年11月に行われており、この時は池田忠正被告に対し、懲役6ヶ月の判決が言い渡されました。

しかし、この判決に対し、池田忠正被告が控訴。2023年9月28日、東京高裁は池田忠正被告の逆転無罪を決め、現在、大きな話題となっています。

池田忠正の判決「飲酒運転には軽すぎる」

9月28日、東京高裁で逆転無罪判決を受けた池田忠正被告。

池田忠正被告は

  • 事故直後、約3分間、被害者を探したが見つからなかった
  • 飲酒運転がバレないように、コンビニでブレスケアを購入したが、その後、事故現場に戻ってきた
  • 事故現場で被害者を発見し、人工呼吸などの救命活動を行った
  • その後、友人が119番

という行動を取ったと報道され、救命活動を行っている事から、ひき逃げにはならないと判断されています。

確かにひき逃げに関する判断は曖昧であり、一度、事故現場を離れ、その数分後に戻ってきたとしても、罪に問われない事もあり得ます。

2020年10月、俳優の伊藤健太郎さんが起こしたひき逃げ事件がこの例です。

伊藤健太郎さん顔画像

伊藤健太郎さんが運転する車がバイクと衝突しましたが、現場から逃走。周囲の人に促され、100mほど離れた位置から数分後に戻った事で、ひき逃げには問われていません。

その為、現場に戻ってきた池田忠正被告がひき逃げに当たらない事も、十分に考えられます。

しかし、池田忠正被告が、事件当時、飲酒運転をしていた事を考えると、結果は全く変わってくる可能性が非常に高いです。

まず、飲酒運転で事故を起こした場合、危険運転致死傷罪に該当する可能性が高い事は、ネットで検索するとすぐ調べられます。しかし、池田忠正被告が裁かれた罪状は過失運転致死。危険運転致死傷罪よりも、罪状は軽いです。

  • 過失運転致傷罪:7年以下の懲役もしくは禁固、または100万円の罰金
  • 危険運転致傷罪:15年以下の懲役(死亡事故だった場合、懲役が20年以下と引き上げられる)

今回の事件とよく似た事例として、2006年8月に福岡市の市職員が起こした飲酒運転による死亡事故があります。

この時、事件を起こした今林大容疑者には、懲役20年の判決が言い渡されています。この実刑に比べると、禁固3年、執行猶予5年の判決がいかに軽いか良く分かるでしょう。

また、池田忠正被告が飲酒運転を隠蔽しようとしていた事に対しても、たくさんの方が怒りを感じています。

池田忠正被告の飲酒運転隠蔽に関しては、ブレスケア購入が報道で発表されていますが、ネット上では「水を飲んで隠蔽しようとしていた」という情報も書き込まれていました。

No.39
投稿者:匿名
スシローの裏の村さ来で3時間飲んでココスの交差点から入り100キロ以上はスピードが出てました。
事故をやってしまい飲酒を隠すために大量の水を飲んだそうです。で、基準値以下だったそう…
これで処罰が軽くなることは許せません。
たくさんの供花を見るたびに切なくなります。
ご冥福をお祈りします。
(15/03/29 00:15)

実は、大量の飲水による飲酒運転隠蔽は、先ほどお話しした今林大容疑者も行っています。

今林大容疑者は事故を起こした当日、焼酎のロックを8、9杯とブランデーを飲んでいました。この事実を隠蔽する為に、水を飲み、事件後のアルコールチェックでは、基準値を僅かに上回る程度しか、アルコールは検出されなかったそうです。

池田忠正被告も、事件後のアルコールチェックでは、基準値以下だった事が報道されていました。この事実もあり、池田忠正被告が危険運転致傷罪に問われなかった事は、十分にあり得ます。

そして、真偽は不明ですが、水を大量に飲んでいるという書き込みが真実なら、今林大容疑者の例から、アルコールが基準値以下になる事も考えられ、判決に大きく影響した事は否定できません。

これらの事実から、池田忠正被告が飲酒運転を隠蔽し、刑を軽くしようと試みた可能性は捨てきれず、その為、遺族はもちろん、多くの人が怒りを感じるのは、当たり前の事です。

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